さき/（30）

「好き」と「好意」の間に咲いたもの。

春の空気にふと心がゆるんで、
なんだかぼんやりと思い出す。


「好きじゃないよ。好意はあるけどね」


彼はそう言って、
どこか遠くを見ながらふわっと笑った。


あれが現実だったのか、
ただの深夜の夢だったのか、
今となってはよくわからないけど。


その一言が、やさしいようで、
少しだけさみしかったのは覚えてる。


「好き」と「好意」――
ほんのわずかな言葉の差なのに。


心に触れる温度がこんなにも違うなんて、
その時初めて知った。


もしこの気持ちが英語だったら、
“like”と“love”。


“love”じゃなかったのなら、
私はどこに立っていたんだろう。


手をつないだ夜も、あの優しさも、
全部“好意”の中だったのかな。


でも、不思議。
それでも私は、
ただ、となりにいられたことが嬉しかった。


ほんの少しでも、
誰かの特別でいられたなら――
たとえ、それが一瞬でも。


「好き」って言わなかった彼に、
「好き」って言えなかった私。


どちらもきっと、
少しだけ臆病だったんだと思う。


…そんなふうに思い出す夜が、
ときどきあるだけ。